スマホに「茂木健一郎氏、ひろゆき氏を真似る“論破ブーム”に警鐘「試してみたらいい、絶対にうまくいかないから」」という記事を提案されたとき、「はて?」っと思ったもののいったんスルー。
「試したらいい、絶対にうまくいかないから」という部分が、茂木さんというのは意地悪だなと感じたぐらい。私だったら「試しにやってみるには代償が大きいから、気を付けたほうがいい。」だな。
そこから数日、派生記事をポツポツみかけましたが、違和感はつのるばかり。
ひろゆきって、そんなに論破してるっけ?
私が知っているひろゆきは、「Pythonは流行ってるからいいんじゃない?」、「僕だったらライブラリはReactを使うな」、「HTMLをなめるな」、「PHPは~」、「フレームワークは~」、「ライブラリは~」、「Linuxは~」などなど、知っていることは何でも太っ腹に教えてくれる親切な人。
(自分の調べもの動画の下に提案されている切り抜きを見たぐらいで、よく知らないながらも…)私が認識しているひろゆきの特徴は、
- 知識の範囲が広い
- 先に結論を述べ、必ず理由をつける
- 説明が丁寧
- 質問者の世界が前に進む、もしくは広がる方向で話を進める
彼が創設した5チャンネルについては、欧州で個人情報規制が強化されたときに、欧州からのアクセスを全ブロックしたのが「究極の法令遵守だな」と印象に残っていたので、帰国してから覗いてみたら、広告が強烈でドン引き&そっ閉じ。
ニコ動は、アカウント登録が面倒で、見たことがない。
私のひろゆきに関する情報は、大いに偏っているんでしょうけれど、切り抜き動画の範囲では、youtubeでは、論破しているって感じではない。
仕方なしに1話だけひろゆき動画(2時間ぐらいの質問・相談チャンネル)を見たけど、その回にも、論破はない。
んじゃ?、どこで論破してるんだ?
なんとなく気になって、冒頭の茂木健一郎氏の警鐘に関する記事を読んでみました。
論破ってディベートですらないというか。ディベートっていうのは、自分の立場と違う立場もちゃんと響き合わせてやるんですけど。日本のYouTubeとかで流行っている論破って単なる言いっ放しというかね。断片的なテーマを提示して、その場で何か相手をやり込めた体にする技術でしかないわけで。そういうのに憧れちゃったりとか、騙されちゃう人たちは本当によくないと思います
Sponichi Annex、冒頭のリンク先より抜粋
騙すって、言葉選びが醜悪ですな。
茂木さんの意見の方がよっぽど一方的すぎて、違和感が残る。
それで、「茂木健一郎 ひろゆき」で、検索してみたら、この記事の3週間ほど前の別の議論が見つかりました。
ひろゆき氏も「間違ってますよ。茂木さんの言ってることが正しいってなっちゃうと、本当に権限があって変えられる人が責められないで、権限のない尾身さんだけが責められる状態になる」「責めるべきは厚生省の大臣だと思いますよ。大臣は権限があって変えられるんですよ。今、茂木さんから『厚生大臣が悪い』って一言も出てないじゃないですか。ただメディアに向かってしゃべることしかできない尾身先生を『悪い』って言うのはおかしくないっすか?」と猛反論した。
東スポ、茂木健一郎VSひろゆき 分科会巡り大舌戦!「医療崩壊の状態作った」「尾身さんは政治家でも官僚でもない」
「茂木さんの言っていることが正しいってなっちゃうと」っていうのは、あなたが言っていることが正しいと思いたいけど、残念ながらそこは容認ラインを超えちゃってます。みたいな、いい感じのディベートマナーに見えます。
ひろゆきのディベートマナーに関する、直近の「茂木 vs ひろゆき」サンプルは、冒頭の意見を肯定しないな…
いつも通り、結論を先に言って、あとから理由を述べるスタイルだから、茂木さんはぴしゃりと否定されたと感じて、ショックを受けちゃったのかな?
茂木さん、ディベートの練習した方がいいよ。
反対意見を言われたら、どういう理由なのか、興味津々になるぐらいでちょうどいいし、理由に説得力があったら自分に新しい視点を与えてくれた相手のことを好きになるぐらいが理想的なんじゃないの?
このディベートで恨みを抱えた思った茂木さんが、後日、別の場所でひろゆき批判に走ったんじゃないかと疑われるようでは、ちょっとね。
ひろゆきに相談する若者たちは、ひろゆきに論破されても自分のためになることを知っているから、ファンが多いのでは?
プログラマがロジック強いのは、ごく自然な資質だし。
ディベートで場数を踏んだ手際の良さが一種の爽快感を与えるからあこがれる。
それらのファンが「聞き手の世界が前に進む、もしくは広がる方向で話を進める」という、ひろゆきの特徴までコピーして議論ができれば、すごくいい世の中になる気がしなくもないけどね。
最後に
セミリタイアブログでよく見かける「ニュース記事に意見する」ってのをやってみました。
ずっと挑戦してみたいと思っていたんですが、やってみると思っていたよりムズカシイ。
結論を「気がしなくもない」で締めるとか、私の意見、ダサすぎ。
そこまで熱い想いが湧き上がらなかったから、仕方ない。
一応、ポジションはとってるからセーフってことにしました。
すごく頭の体操になりますね。これ。
このブログの目的の「ボケ防止」には適していそうですが、私にはちょっとハードルが高すぎたので、年に1回チャレンジデーみたいな頻度でしかできなさそうな活動でした。

論破が良くないということは、どうやって議論しろというんだろうな?
つねに相手を傷つけないように結論をぼかしながらしろという感じになるんだろうか?日本人らしいと言えばらしいが
面倒がらずにそれに耐えれる人しか議論はできないのかもな
はい。私が見たひろゆきのディベートスタイルを「論破」と呼んで、よくないとするなら、相手を傷つけないように結論をぼかしまくった結果、何を言っているのかよくわからなくなりそうです。