「死なれるよりマシ」だから反対できなかっただけかもしれない

早期リタイアしようかと両親に話した時、反対されませんでした。

父は自分の知る範囲で知り合いや元同僚の早期リタイア話を教えてくれました。そして話を聞きたいなら食事にでも誘ってみようかなどと提案してくれました。

母は黙って聞いているだけだったので、「反対しないの?」と聞いてみたら、「反対してほしいの?」と聞き返されました。反対したかったのかもしれません。でも私がどうして欲しいのかを優先してくれました。

その時は理解がある両親で良かったとほっとしたのですが、大分経ってから、はっとしました。

もしかすると2人は私の様子を見て、「死なれるよりマシ」ぐらいの感覚だったのかもしれないと。

早期リタイアの話をしたときの私は、退職届を出して、会社が帰国を手配してくれた後でした。

結局、やめるわけではなく、新しい勤務地の就業ビザ取得中の待機期間で、有給消化中でした。

その前の一時帰国から様子がおかしかったことを、両親は心配していました。

帰国の際は大抵友人と食事に出かけたり、買い物に出かけたりしていたのに、寝てばかりだし、誰にも会いたがらないし、和室で昼寝をしているかと思えば、うなされて叫びながら目を覚ますしで、両親の方から「転職してはどうか?」と提案されました。

うなされて目を覚ますのは私にとっては日常になっていたので、最初は何とも思わなかったのですが、帰任する際の高速バスで涙が止まらなかったので退職届を出しました。

会社は辞めない、新しい勤務地の仕事は受ける。一方で、早期リタイアを考えている。

両親は混乱したかもしれませんね。でも反対しなかった。

ありがたいことです。

その後、一時帰国が終わる数日前に母が不整脈を起こす事が数回続きました。

そのうち2回は夜中に病院に付き添いました。

誰もいない病院で母の検査を待っている時、こんなに心配させてしまっているのかと猛省しました。

その時はじめて「反対しなかった」んではなくて、「反対できなかった」んじゃないかと思うようになりました。

親不孝者です。

その後、母は手術を受けて、不整脈が起こる事はなくなりました。

私の方でも、できるだけ両親に心配をかけないように気を配っています。

退職後しばらくは住むところがないので実家のお世話になります。実は、私の様子を見てもらって安心してもらうことが目的の1つにもなっています。

両親の方でうっとうしくなって家を探すように勧めてきたら、理想的です。

「働け」と言い出したら嫌ですが、それでも両親目線でそこまで回復したように映るのであれば、それは良いことでしょうから、謹んで「家族の説得」を始めようかなと思っています。

とは言っても、いざ反対された時に今の気持ちを忘れている可能性が高いですから、書いておく事にしました。

それにしても、お金の話は書いていて息苦しいと思ったので、話題を変えたら今度は暗い!違う雰囲気のネタをホリホリします。

最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

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