「優しい人」を採用したいと思っていた頃、「理解力が高い人を選べばいい」とアドバイスをもらったことがあります。
優しい → 他人に配慮する → 理解しようとする → 理解力が上がる
理解力は体力と同じで、普段の習慣が効いてくるから、優しい人は自ずと理解力が上がるもんだと考えているみたいでした。
逆に、自己中心的だと理解力が上がりにくいってことですね。
ドキッとしましたので、よく覚えています。
理解力が高い全ての人の「性格」が優しいとは言い切れないけれど、「行動」には一定の思慮深さが担保されるとのこと。
この話、何年もかけて、じわじわ来た
当時、ドキッとさせられ、相手が言おうとしていることをもっと汲み取ろうと努力したら、人間のいいところよりも悪いところの方が多く見えました。
他人なんて理解できない方が幸せなのかもしれません…
優しい性格が理解力を育んだグループとは別に、元々理解力が高い人が、世間にもまれ、清濁併せのむ懐の深さと優しさを身に着けていくパターンもありそうです。
「優しさ」と「理解力」って、年を追うごとに境界があいまいになっていくのかも?
最後までお読みいただきましてありがとうございました。

